今こうして目の前に、
『手つかず』の風景があって
それをどう切るか、が、僕に任されている。
叙情的に切ることも出来るし、
論説的に切ることも出来る。
柔らかく書くことも、とげとげしく書くことも
想いを重ね合わせることも、知らんぷりすることも
僕がどう切っても、その風景自体が変わることはない
ただ、その風景をどう受け止めるかは大きく違う
僕らが主観的に生きざるを得ないのだから
ひとりの切り方で見える風景は変わってしまう
たとえ事実と異なっていたとしても
目に見えるもの、感じたものが全てであって
結局否定しながらもそれに頼らなくちゃならない
実際にそれがどんな風景だったかなんてことは
もう、どうでもよくなってしまっていて
僕を通してこの街を見ている
僕はカメラのフィルターのように
写真に写り込むことはないのだろう
風景が変われば取り外されて
交換されてしまうのだろう
『手つかず』の風景があって
それをどう切るか、が、僕に任されている。
叙情的に切ることも出来るし、
論説的に切ることも出来る。
柔らかく書くことも、とげとげしく書くことも
想いを重ね合わせることも、知らんぷりすることも
僕がどう切っても、その風景自体が変わることはない
ただ、その風景をどう受け止めるかは大きく違う
僕らが主観的に生きざるを得ないのだから
ひとりの切り方で見える風景は変わってしまう
たとえ事実と異なっていたとしても
目に見えるもの、感じたものが全てであって
結局否定しながらもそれに頼らなくちゃならない
実際にそれがどんな風景だったかなんてことは
もう、どうでもよくなってしまっていて
僕を通してこの街を見ている
僕はカメラのフィルターのように
写真に写り込むことはないのだろう
風景が変われば取り外されて
交換されてしまうのだろう
July 7, 2004













