
ではないんだよね。
こうさ、疲れてるとさーなんにも考えたくなるわけですよ。
考えても、行動したくなくなって、ものっすごい受け身になる。
その全てが嫌ってことじゃ全くないんだけれども、
あーできれば、時間だけが過ぎてってくれると嬉しいんだがなー
とか考えてるわけです。
んが、まぁ時間てのは大体において、
全ての人にほぼ公平に行き渡ってるワケなので、
自分だけ時間を泳いでいて周りだけ止まるってことはないし、
必然的に、自分が何もしなくても状況は変わるわけですよ。
朝になれば、確実に昨日と違う今日が始まるし、
いつの間にか増えていくものや、
いつの間にか目減りしてしまうものもたくさんある。
そういったことが起きているとき、
指の間から砂が落ちていったり、
自分が砂に埋まりそうになっているときに、
ふと、行動を止めてしまって、
砂ではなくて指だけを見つめていたりする。
勘の良い読者は、大方言わんとしてるところは掴めるだろうし、
あまり、言葉の使い方に慣れていない読者は、
置き去りにされて、
もう読むのを止めてしまっているだろうけれど、
流れていくものを、茫然と見送っている、
そんな瞬間が、日常の合間にある。
生き急ぐのであれば、
それはすなわち喪失であって、回避すべきことなのだろう、
以前も、同じようなことで、
理解しあえないことがあった、
でも、全てを得ることが出来ないように、
全てを失うこともまた、
本質的な部分では不可能なのだと思う。
全ては変質であって、喪失ではない、と思う。
そんなことを思いながら、
なんとなく、満月を見上げて、帰途につく。
December 15, 2005













