この間、特に何でもないタイミングで、友達が雑誌読みながら僕に質問をしてきて。
ああ、大したこと無い質問やら、抽象的で深いヤツやら色々。
(『脚か胸かで女を選ぶとしたらどっち?』みたいなのとか)
なんだ?と思いつつも、
殆ど全ての質問に即答していったんですけど、
どうやらそれが、松本人志のインタビューだったらしくて。
しかも、僕の回答が8割くらいの確率で全く同じだったみたい。
松本人志は…人間として凄いなぁと尊敬してはいるけど、
まぁ別に僕自身は好きでも嫌いでもないので、
ふーんと思ってたんだけど、それでも、なーんかね。
凄く共感できるところもあるんだよね。
ああ、大したこと無い質問やら、抽象的で深いヤツやら色々。
(『脚か胸かで女を選ぶとしたらどっち?』みたいなのとか)
なんだ?と思いつつも、
殆ど全ての質問に即答していったんですけど、
どうやらそれが、松本人志のインタビューだったらしくて。
しかも、僕の回答が8割くらいの確率で全く同じだったみたい。
松本人志は…人間として凄いなぁと尊敬してはいるけど、
まぁ別に僕自身は好きでも嫌いでもないので、
ふーんと思ってたんだけど、それでも、なーんかね。
凄く共感できるところもあるんだよね。
今日付のCROSSBREEDでリンクされていた中に、
こんなサイトがありまして。
松本人志語録
えらい長くて、全部を一気に読むのは無理なので、
とりあえず1から30くらいまでを読んでみたのだけど、
笑いに関する部分は僕にはよく分からないものの、部分、部分、
例えば、3の、『アホな女とはどんな女か?』、
わかるな。
なんかね、他人の言葉じゃなくて、
自分の中に、判断を下す『器官』を持ってるんだよね。アホじゃない女、は。
それがないとね、委ねちゃうわけで。
もちろん、女に限らず、なんだけどさ。
そう言う人間と喋ってると、疲れる。面白くないし。
それとか、
必要以上に周りに気を遣う“大人な日本人”についての記述、
この辺を読むと、
いわゆるメディア、詰まるところ、東京に住む人たちが各地に映像として届ける、
これが私たち日本人、という姿にぴったりなんだよな、と。
前に書いたことと被るけど、
(あ、コメント返せて無くてすみません。読んでるんですが、どう書こうか考えてる内に忘れてました)
東京の人が地方に行って、東京との違いに驚くのは、
日本人が東南アジアに行って文化の違いに驚くのと同じで、
それが“日本人として”正しいと信じてるからだよな。
僕は子供の頃から思ってるけど、“全国放送”ってのは、まやかしで。
アレは日本じゃなくて、東京だよね、っていう。
そしてそれを見た人たちが、そこに行って、そのイメージで生きようとしてる。
そこんとこの違和感が、地方に帰省してきた“今東京人”から感じる違和感なのかもなと。
おしなべて、“感性”を、外部に頼ってる感があるね。
明確になりたい姿があって、それにみんなで合わせていこうとしてる。
言い方を変えれば、理想像がハッキリしてるというポジティブな言い方も出来るけど、
結局は…そこに自分はないんだよ。
そんなことを思う。
話を松本人志に戻すと、
27-30くらいで語られてる、団体行動に対するスタンスは、僕とはかなり違うなぁという感じ。
松本曰く、こんな感じ。
僕の団体行動に対するスタンスは…
大体、どんな集団に紛れてもそうだけど、
それが学校でも、会社でも、イベントでも、飲み会でも、友達付き合いでもそうだけど、
集団の中には入っているけど、中心からは少し離れて、
自分の立場を築く、という感じ。
だからよく、個性的だなんだと言われるけど、
それはあくまで、『内輪』の中で個性的なだけであって、
その輪の外には、もっと個性的な、広大な海が広がってるわけで。
本当の個性は、僕みたいな人間じゃなく、輪の外にいるはずだよ。
団体の意志に従え、と強制されることは、本当に嫌いだけど、
(大体それが“誰の”意志なのか、曖昧なところが気に入らない)
でも、祭は好きなんだよな。
なんでだろ。
松本人志が言うように、あんなに団体な行事なんかないもんな。
一人がさぼると、その負担はどっかに掛かる、
だから、みんなが同じ方向向いて頑張らないと、上手く行かない。
多分…僕が祭り好きな人間で。
その“方向”に対して、納得して、飲んでるからなんだろうな。
誰に強制されることなく、僕自身がそれをやりたいんだ。
好きな野球チームに関してもそう。
団体とかどうとか言う前に、好きなんだよ。
外野でみんなで同じ歌を歌う応援は好きになれないけど、
それと好きかどうかは別なわけで。
彼はただ単に、興味が持てないだけじゃないかなぁという気もちょっとする。
それか、周りが過剰に野球、野球だったとかね。
…話がずれたけど、団体行動に対するスタンスとして、
僕自身、団体そのものは許容してる節がある。
1人では生きていけないという不安があるのかもしれないし、
僕が思うよりこの人は、寂しがりやなのかもしれない。
ただ、自分の判断を、人の感性に丸投げして委ねてしまうのは許せない。
そして、その『団体の意志』を身にまとって、
あたかも自分の意志かのように押しつける人間も許せない。
俺が話してるのはお前やぞ、と言う。
それはねぇ、僕が生きることの、ホントに大事な部分だから。
例え人生回り道だらけでも、
僕は、常に判断していたい。
まー…自分の判断が正しい確率なんて、50%も無いと思うけどさ。
あれ。
なんか、想定以上に熱くなってしまった。
こりゃ誰もよまねーな(苦笑)
また、読み進んで何か思ったらいずれ。
こんなサイトがありまして。
松本人志語録
えらい長くて、全部を一気に読むのは無理なので、
とりあえず1から30くらいまでを読んでみたのだけど、
笑いに関する部分は僕にはよく分からないものの、部分、部分、
例えば、3の、『アホな女とはどんな女か?』、
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僕の後輩は一応『僕の彼女』ってことで、その女を立てるんですよ。 やめてほしいんですけどね、どうしても立てる。 でも、賢い女は、ちゃんとわかってるんですよね、 『私はこの人の彼女なだけで、この人らはそれで私を立ててくれてるだけや』って。 ところが、アホな女は調子に乗るんです。 なんか、僕の後輩を自分の後輩みたいな気になりおるんです。 それはもう、絶対ダメですよ。 女って、そういうとこ、すごくあるでしょ。 図に乗る。 勘違いする。(3) | ||||
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わかるな。
なんかね、他人の言葉じゃなくて、
自分の中に、判断を下す『器官』を持ってるんだよね。アホじゃない女、は。
それがないとね、委ねちゃうわけで。
もちろん、女に限らず、なんだけどさ。
そう言う人間と喋ってると、疲れる。面白くないし。
それとか、
必要以上に周りに気を遣う“大人な日本人”についての記述、
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世間でいう「大人」って、「兵隊」みたいな意味だと思う。 うん、大人はやっぱり兵隊なんですよ。 兵隊に近い人間は、「ああ、あの人、大人だね」っていう話になるわけですよ、結局ね。 東京に出てきて、すっごい日本人って兵隊なんやって感じましたね、いまでも感じてるけど。(21) | ||||
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東京のヤツの運転は、なんでこんなにアホなんやろうって、ずっと思ってたけど、 最近、気づいたのは、多分違うね。東京の人間はきっとそうでもないと思う。 東京に住んでるいなかもんが、東京に負けてんねん。 なんか、ちゃんとせなあかんというか、そのちゃんとがずれてもーてんねんけど、 それがちゃんとしてる事やと思ってしまってるし、なんか東京で恥ずかしいことしたらいかんていうか、 いなかもんやとばれたくないとか(22) | ||||
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この辺を読むと、
いわゆるメディア、詰まるところ、東京に住む人たちが各地に映像として届ける、
これが私たち日本人、という姿にぴったりなんだよな、と。
前に書いたことと被るけど、
(あ、コメント返せて無くてすみません。読んでるんですが、どう書こうか考えてる内に忘れてました)
東京の人が地方に行って、東京との違いに驚くのは、
日本人が東南アジアに行って文化の違いに驚くのと同じで、
それが“日本人として”正しいと信じてるからだよな。
僕は子供の頃から思ってるけど、“全国放送”ってのは、まやかしで。
アレは日本じゃなくて、東京だよね、っていう。
そしてそれを見た人たちが、そこに行って、そのイメージで生きようとしてる。
そこんとこの違和感が、地方に帰省してきた“今東京人”から感じる違和感なのかもなと。
おしなべて、“感性”を、外部に頼ってる感があるね。
明確になりたい姿があって、それにみんなで合わせていこうとしてる。
言い方を変えれば、理想像がハッキリしてるというポジティブな言い方も出来るけど、
結局は…そこに自分はないんだよ。
そんなことを思う。
話を松本人志に戻すと、
27-30くらいで語られてる、団体行動に対するスタンスは、僕とはかなり違うなぁという感じ。
松本曰く、こんな感じ。
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─── 僕はずっと、団体行動が苦手やと思ってた。 けど、苦手じゃないんかなー、嫌いやねんな。 人とおんなじ方、向いてるの、耐えられへん。 これは僕の自慢の一つやけどね、小学校の低学年ぐらいかな、町内のおみこし、僕一人、 絶対参加せーへんかった。みんな喜んで担いでたけどね。 なに担いでんねん、何が楽しいねんって、ひとりで。(27) | ||||
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中日を俺は好きなんやって必死に思ってんけど、どうも自分で自分がのってない。 阪神ファンで阪神が負けたら、ほんま怒ってるヤツいるでしょ。今もいっぱい、いますけど。 僕は中日が負けても腹立てられへんかったし、勝ってもそんなに嬉しいとは思われへんかった。 こりゃ、やっぱり無理やなぁって。(28) | ||||
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僕の団体行動に対するスタンスは…
大体、どんな集団に紛れてもそうだけど、
それが学校でも、会社でも、イベントでも、飲み会でも、友達付き合いでもそうだけど、
集団の中には入っているけど、中心からは少し離れて、
自分の立場を築く、という感じ。
だからよく、個性的だなんだと言われるけど、
それはあくまで、『内輪』の中で個性的なだけであって、
その輪の外には、もっと個性的な、広大な海が広がってるわけで。
本当の個性は、僕みたいな人間じゃなく、輪の外にいるはずだよ。
団体の意志に従え、と強制されることは、本当に嫌いだけど、
(大体それが“誰の”意志なのか、曖昧なところが気に入らない)
でも、祭は好きなんだよな。
なんでだろ。
松本人志が言うように、あんなに団体な行事なんかないもんな。
一人がさぼると、その負担はどっかに掛かる、
だから、みんなが同じ方向向いて頑張らないと、上手く行かない。
多分…僕が祭り好きな人間で。
その“方向”に対して、納得して、飲んでるからなんだろうな。
誰に強制されることなく、僕自身がそれをやりたいんだ。
好きな野球チームに関してもそう。
団体とかどうとか言う前に、好きなんだよ。
外野でみんなで同じ歌を歌う応援は好きになれないけど、
それと好きかどうかは別なわけで。
彼はただ単に、興味が持てないだけじゃないかなぁという気もちょっとする。
それか、周りが過剰に野球、野球だったとかね。
…話がずれたけど、団体行動に対するスタンスとして、
僕自身、団体そのものは許容してる節がある。
1人では生きていけないという不安があるのかもしれないし、
僕が思うよりこの人は、寂しがりやなのかもしれない。
ただ、自分の判断を、人の感性に丸投げして委ねてしまうのは許せない。
そして、その『団体の意志』を身にまとって、
あたかも自分の意志かのように押しつける人間も許せない。
俺が話してるのはお前やぞ、と言う。
それはねぇ、僕が生きることの、ホントに大事な部分だから。
例え人生回り道だらけでも、
僕は、常に判断していたい。
まー…自分の判断が正しい確率なんて、50%も無いと思うけどさ。
あれ。
なんか、想定以上に熱くなってしまった。
こりゃ誰もよまねーな(苦笑)
また、読み進んで何か思ったらいずれ。









